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建設年:1909年(着工)〜1912年(完成) ※連邦刑務所としての開設:1934年 ※閉鎖:1963年3月21日
設計者:アメリカ陸軍工兵隊(U.S. Army Corps of Engineers) ※特定の個人設計者の記録なし
「脱獄不可能」は本当か、アルカトラズ刑務所の建築を読み解く
こんにちは! 突然ですが、「アルカトラズ」という名前を聞いて、まず何を思い浮かべますか?
映画『ザ・ロック』でしょうか。
それとも、伝説のギャング、アル・カポネでしょうか。
サンフランシスコ湾にぽつんと浮かぶ小さな島に建てられたこの刑務所は、「脱獄不可能な監獄」として世界に名を轟かせました。
でも私がこの建物を好きな理由は、怖い歴史よりも、建築としての「頭の使い方」にあります。
今回は、アルカトラズを純粋に建築物として見たとき、いかにすごいことが起きているか、一緒に考えてみましょう。
灯台から要塞、そして刑務所へ、島という特殊な条件
アルカトラズ島は、サンフランシスコ市街から約2.4キロのところに浮かぶ、面積わずか0.076平方キロメートルの岩だらけの小島です。
東京ドームのグラウンド面積の約1.5倍ほどしかありません。
1854年、この島にはアメリカ西海岸初の灯台が建設されました。
やがて南北戦争期には軍の要塞として機能し、その後は軍事刑務所へと転用されていきます。
1906年のサンフランシスコ大地震で街の刑務所が危機に瀕したことをきっかけに、島は本格的な大規模刑務所へと生まれ変わることになりました。
<画像を挿入:アルカトラズ島の全景、サンフランシスコ湾から島を望む遠景>
1909年に着工した3階建てのセルハウス(独房棟)は1912年に完成し、600の独房を備える大刑務所となりました。 工事を担ったのは、アメリカ陸軍工兵隊です。 そして1934年、軍から連邦司法省刑務所局に移管されたのちに、アルカトラズは「アメリカ初の最高警備・最低特権刑務所」として正式にスタートします。
建築が「拘束」として機能するとはどういうことか
ここで少し、建築の視点からアルカトラズを考えてみましょう。
刑務所建築の基本的な命題は、「どうやって人を閉じ込めるか」です。
ただ壁を厚くすれば解決するほど単純ではありません。
少ない看守で多くの囚人を管理しながら、しかも脱走を防ぐ、そのバランスをどう設計するかが問われます。

アルカトラズのセルハウスには、「ブロードウェイ」と呼ばれる中央通路があります。
通路の両脇にA〜Dの4ブロックが並び、独房が整然と連なっています。
この直線的なレイアウトは、少人数の看守でも廊下全体を一目で見渡せるように設計されたものです。
一つひとつの独房の広さは、約9フィート×5フィート(約2.7m×1.5m)。
これ、どのくらいの大きさかイメージできますか? 一般的なエレベーターの内寸より少し広い程度です。
その狭さの中で、囚人は1日に20時間以上を過ごすことを強いられていました。

島そのものが壁になるという設計思想
アルカトラズが他の刑務所と決定的に違うのは、建物の周囲に広大な外壁を張り巡らせていないことです。
「えっ、じゃあどうやって囚人を閉じ込めていたの?」と思いますよね。
答えは、海です。
サンフランシスコ湾の冷たい海水と、強力な潮の流れが、最大の壁として機能していました。
水温は年間を通じて10〜15℃程度で、強い潮流が島の周囲を常に流れています。
たとえ海に飛び込んだとしても、体力を奪われ、流されていく可能性が極めて高い状況でした。
これは、建築の世界でいう「自然環境を防御に取り込む」という発想です。
建物単体ではなく、島という地形ごとひとつの拘束装置として設計されているわけです。

たとえるなら、山の上に建てた家が「高さ」そのものを防犯に利用しているようなもので、構造物を超えた発想です。
アルカトラズの場合、島を囲む自然が巨大な「外壁」を形成していたわけです。
看守をも閉じ込めていた刑務所
ここで少し意外な話をしてみます。
アルカトラズに勤務していた看守たちは、家族とともに島内に居住していました。
看守の宿舎、学校、売店、庭園まで、島の中に生活インフラが丸ごとつくられていたのです。
島の中に「まち」が内包されていたわけですが、これは単なる福利厚生ではなく、建築的にも興味深い発想です。
管理側の人間も島から離れられない構造にすることで、24時間体制の警備を成立させていたという解釈もできます。
囚人だけでなく、看守も含めたすべての人間を、島という容器に収めていたのです。
この話を聞いたとき、私はなんだかぞっとしつつも、設計の巧みさに感心してしまいました。
建築は時に、「誰を守るか」だけでなく、「誰を留めるか」という問いに答える手段にもなりえます。
運営コストが示す、建築と環境の矛盾
さて、アルカトラズは1963年に閉鎖されます。
その理由のひとつが、運営コストの高さでした。
島には淡水源がないため、毎週約100万ガロン(約380万リットル)の真水を船で運ぶ必要がありました。
食料や物資もすべて同様です。
結果として、他の連邦刑務所の約3倍のコストがかかり続けたと言われています。
「島を使う」という自然条件を最大限に活かしたことが、最大の強みでもあったのですが、それと同時に最大のコスト要因でもありました。
建物の設計がどれほど優れていても、インフラを支える環境との関係が持続可能でなければ、最終的には成立しない。
これは、一般の住宅や商業施設の設計においても変わらない真理だと思います。
アルカトラズはその極端な例として、建築の限界と可能性を同時に教えてくれているのです。
廃墟となっても語り続ける建物の力
1963年に閉鎖されたアルカトラズ島は、その後1972年から一般公開が始まり、現在は年間約120〜130万人もの観光客が訪れる場所になっています。
現在はアメリカ国立公園局が管理しています。
廃墟になっても人を惹きつける建物というのは、面白いなと思います。
アルカトラズの魅力は「完璧だったはずの設計の失敗」にあると感じています。
脱獄不可能と言われながらも、実は連邦刑務所時代だけで14回の脱獄未遂事件が起きています。
1962年にはフランク・モリスとアングリン兄弟が、独房の壁をスプーンで少しずつ削って脱走を試みた、という映画さながらの地道な努力で脱獄しようとした事件も起きています。

人間の意志は、どんなに優れた建築設計をも揺さぶることができる。
そう考えると、アルカトラズという建物は、「建築の限界」を証明し続けている場所とも言えるかもしれません。
建物が語りかけてくるものを、建築的な目線で感じ取りながら訪れたら、また違った体験ができるのではないかと思います。
もし旅行でサンフランシスコを訪れる機会があれば、ぜひ「建物」として見る視点も持って、アルカトラズ島に立ってみてください。