
建設年: 2004年着工 / 2012年完成
設計者: ダル・アル・ハンダサ社(ホテル・主棟部分)/ SLラッシュ社(時計塔部分・ドイツ)
聖地に巨塔が生まれた日
こんにちは! 今回ご紹介するのは、サウジアラビアのメッカにそびえ立つ「メッカ・ロイヤル・クロック・タワー」です。
「メッカ」という地名は知っていても、そこに世界屈指の超高層ビルが建っているとは、あまりピンとこない方も多いのではないでしょうか。 イスラム教の聖地というイメージが強すぎて、そこに高さ601メートル・地上120階建ての巨大タワーが存在するという事実が、なんとなく頭の中でうまく結びつかないんですよね。
でも、それこそがこの建物の面白さだと思っています。 聖なる空間と、現代の超高層建築技術が、真正面からぶつかり合っている場所。 それが、このクロック・タワーです。
世界最大の時計台とは何か
まず、この建物のスペックを整理しておきましょう。
メッカ・ロイヤル・クロック・タワーは、「アブラージュ・アル・バイト」と呼ばれる7棟からなる複合タワー群の中心に位置する主棟です。 高さは601メートルで、現在でも世界第4位の超高層建築にあたります。
そして何より特徴的なのが、塔の頂部に設けられた巨大な時計です。 時計の文字盤は一辺43メートル×43メートルという正方形で、4面すべてに設置されています。 これはロンドンのビッグ・ベンの文字盤の実に5倍以上の大きさにあたります。
「ビッグ・ベンの5倍」と言われても、なかなか実感が湧かないと思います。 ざっくり言うと、普通の民家の間口が約5〜6メートルですから、7〜8軒分の家を横に並べたくらいの幅、というイメージです。 そのサイズの時計が4方向に取り付けられていて、しかも約200万個のLEDで照らされているため、夜には25キロメートル先からでも視認できると言われています。
長針の長さだけで23メートル、短針で18メートル。 時計の針がそれだけの長さになると、もはや「針」というより「建造物」ですね。

イスラム建築と超高層技術の融合
建築的に興味深いのは、この建物がただ「大きいだけ」ではないという点です。
設計は、主棟・ホテル部分をレバノンのダル・アル・ハンダサ社が担当し、時計塔部分(地上450メートルから上)をドイツの建築・構造設計事務所SLラッシュ社が担いました。 実は時計の設置は設計の途中から追加されたもので、建設がかなり進んだ段階でサウジアラビア国王から「時計を乗せてほしい」という要望が出されたのです。
すでに完成しつつある超高層ビルの頂部に、12,000トンにおよぶ鉄骨構造物を後から設計・追加するというのは、かなりの無茶ぶりです。 しかしSLラッシュ社は、4本のV字型支柱を基本フレームとした構造体を設計し、荷重を最小化しながらもこれを実現しました。
文字盤の表面には、ガラスモザイクタイルが敷き詰められ、アラビア文字の書道が刻まれています。 塔頂部の三日月のシンボル、スパイア(尖塔)のフォルム、いたるところに見られるイスラム幾何学文様——こうした要素が、現代の超高層技術と組み合わさっているのです。
ポストモダン・ニュークラシカルという建築スタイルに分類されますが、私個人としては「イスラム建築のDNAを持った超高層ビル」という言い方がしっくりきます。

巡礼者75,000人を動かすビル
この建物のもうひとつの顔が、「巡礼インフラ」としての機能です。
イスラム教の聖地メッカには、毎年ハッジ(大巡礼)の時期だけでおよそ200万人の巡礼者が集まります。 このタワー複合体は、マスジド・アル・ハラーム(大モスク)から約300メートルという超至近距離に立地しており、巡礼者向けの宿泊施設として建設されました。
複合体全体では7棟の高層棟が共通の基壇(ポディアム)に乗る形で構成されており、1日5回の礼拝時間に合わせて、7棟合計で75,000人もの居住者が一斉に建物から出られるよう、動線が設計されています。 基壇には79基のエレベーターと111基のエスカレーターが備わっています。
一般的な超高層ビルの設計では「一日の最大人流」を基準に計画しますが、ここでは「1日5回訪れる定期的なピーク」に対応することが設計の核心にあります。 これはかなり特殊な条件で、通常のオフィスビルや住宅タワーとはまったく異なる発想が求められたはずです。

壊されたものと、建てられたもの
ここからは、少し別の角度で見てみたいと思います。
このタワーが建設されたのは、かつて「アジャド要塞」という18世紀オスマン帝国時代の砦が存在していた場所です。 複合体の建設にあたり、この要塞と、それが建つ丘そのものが撤去されました。
トルコ政府や国際的な保存団体がこれに強く抗議し、国際的な議論を呼びました。 歴史的建造物の保存と、巡礼者のための近代インフラ整備——どちらも「正しさ」を主張できる立場であり、単純に優劣をつけられるものではないと思います。
こうした開発と保存の衝突は、何も中東だけの話ではありません。 日本でも、高度経済成長期には数多くの歴史的建造物が都市開発の波に飲み込まれてきました。 どこかで似たような痛みを伴う選択が、繰り返されているのかもしれません。
正直なところ、建築を好きな立場としては複雑な感情があります。 人類の記憶を刻んだ構造物が失われることは惜しい。 でも一方で、毎年200万人が集まる場所に必要な機能を整備しようとした判断も、まったく理解できないわけではないのです。
「聖地の景観」をどう考えるか
最後に、私が最も興味深いと感じている視点をお伝えします。
メッカ・ロイヤル・クロック・タワーに対してよく聞かれる批判として、「カーバ神殿の周りに超高層ビルが立ち並ぶのは景観として不適切だ」というものがあります。 これは、西欧的な「歴史的景観の保護」という概念から来る意見です。
でも、少し立ち止まって考えてみると、これは興味深い問いを内包しています。
そもそも「聖地らしい景観」って、いつの時代の姿のことを指しているのでしょうか。 中世の姿? 19世紀の姿? 20世紀初頭の姿? 建築の歴史を追うと、どの時代にも「時代に合わせた建て替え・増築・拡張」が行われてきたことがわかります。 西欧の大聖堂だって、ロマネスクの土台にゴシックが継ぎ足され、さらにバロックの装飾が加わって今の姿があります。
つまり「現在の姿が歴史を歪めている」というのは、ある一時点の姿を「正解」とする、ある種の思い込みである可能性があります。
メッカ・ロイヤル・クロック・タワーは、2012年という時代の「イスラム世界が選んだ建築的表現」のひとつだと、私は思っています。 そこには賛否があっていい。 ただ、それを単純に「聖地に似合わない」と切り捨てるのは、少し惜しい気がします。
建築というのは、つねに時代の鏡です。 43メートルの時計の文字盤が夜空に輝く姿は、2012年のメッカが世界に向けて発した、ひとつのメッセージだったのかもしれません。