建設年:1791(1788年着工)
設計者:カール・ゴットハルト・ラングハンス
ここから街に入る!という体験
こんにちは!
突然ですが、ベルリンで「最も写真に撮られている建物」はなんだろう?と考えてみると、やっぱり一番撮られている建物といえば、ブランデンブルク門じゃないかと思います。
歴史の教科書に必ず出てくるあの門、写真では見慣れているはずなのに、実際に現地に行ってみると意外に大きい。
そして、建築物としてとても整っていて美しいです。
普通、門というのは敵の外部からの侵入を防ぐために作られるはずなのに、石で作られたこの門はとても上品で荘厳な作りをしています。
この門は、「くぐる人の身体感覚」までキチンと考えられて設計されているのがすごいところです。
このベルリンで一番有名な門について、今回は掘り下げていこうと思います。
新古典主義で作られた、巨大な境界
ブランデンブルク門は、18世紀末の1788年に着工して、1791年に完成したとされています。
意匠は新古典主義で、ざっくり言うと「古代ギリシャ・ローマっぽい建物を発展させて、理性のある美しさを狙う」作りとなっています。
派手な装飾はそこまでない、けれど古代ギリシャやローマの建築みたいな上品でしっかりと建っています。
高さは26m、幅は65.5m、奥行きは11mというサイズで、都市の入口としてはこれほどないサイズで堂々と立っています。
素材は主に砂岩で作られています。そのため、遠くから見たら硬く見えるけれど、近くで見たら意外と柔らかさを感じる、不思議な建築となっています。
ドーリア式の溝が付いた列柱が水平に並び、人々を統制するかのように導きます。
ちなみにこの門は、古代アテネのアクロポリスの門を参考にしたと言われています。
古代ギリシャのコピーではなく、都市の入口という機能を18世紀末に再解釈して、より進化した門として後世まで残るよう、意識されました。
てっぺんの四頭立ては「飾り」ではなく視界誘導のサイン
門の上に乗る四頭立ての戦車像は、1793年に彫刻家、ヨハン・ゴットフリート・シャドウにより作られました。
単純に門の上に馬を置くことで装飾としてとらえがちですが、
現地へ行って下から見上げると、さらに門が大きく見えるよう視界の誘導がされる効果を持っています。
これを利用して、さらに近くで見ると権威的な象徴として存在するように意識されます。
この像は、ナポレオンが1806年にパリに持ち帰り、1814年に戻ってきたという逸話もあります。
フランスの英雄も喉から欲しがる、名彫刻だったんですね!
扉がない門が閉じたーベルリンの壁の時代
1961年にベルリンの壁が築かれてから、ブランデンブルク門は長らく通れない門となりました。
元々、扉がない門だったのに、遮られる存在となったのです。
通るために作られた門なのに、通れなくなると、ブランデンブルク門からしたら屈辱な時代だったのかもしれませんね。
でも、門が「境界」を象徴する力を強く発揮した時期でもあります。
しばらくして1989年12月22日に門が再び開かれた時、
人々が往来する姿を見て、ブランデンブルク門は28年ぶりに本来の役割として戻りました。
この出来事は、東西ベルリン統合の象徴として、今も映像に残っています。
閉ざすための門か、東西を再び開くための門か。
印象深い出来事となりました。
まとめ
このように、ブランデンブルク門は激動のフランス革命の時代から、第二次世界大戦、そして東西冷戦を超えて現代まで、様々な時代を見守ってきました。
ベルリンへの入口の門として、様々な人々を見守ってきたと考えたら、なぜだか心にくる事はありませんでしょうか?
こういう考えをしながら歴史的建造物を見るのも面白いかなって思い、オススメです!